「我が社は円満に世代交代したすばらしい例」

同族会社の世代交代はたいてい厄介です。スイスLucerne州WikonのSchär Druckverarbeitung AG社は、どうすればうまくいくかを証明しています。父のPaul Bucher氏は娘のMarina氏と息子のYannick氏に経営を順調に引き継ぎました。以下のブログで、数ヶ月前に初めて母親になったばかりの30歳のMarina Bucher氏は、会社をいかにして成功への軌道に乗せ続けるつもりか、コロナ危機でどのような悪影響があったか、それでもなぜグラフィックアーツ業界の将来を前向きに捉えているかを説明しています。

 

実はプロのサッカー選手になりたいと思っていました。でもそれが難しいのはずっと分かっていました。それでもサッカーは今も私の人生で重要な部分となっています。SC Nebikonでウイングとリベロのポジションで20年プレーした後、現在はクラブ連盟のアクチュアリーを務め、2つの女性チームを担当しています。

 

サッカーに関しては残念ながら子供の頃の夢は実現せず、下位リーグにしか手が届きませんでした。でも今はスイスのプリントフィニッシング会社のトップリーグでプレーしています。ただし、いつか親の会社に入社することは決して既定路線だったわけではありません。Schär Druckverarbeitung AG社の経営者になる道は、きちんとしたキャリアプランをたどったというより、回り道をした結果なのです。

 

オーストラリアでの刺激

グラフィックアーツ業界は私には重要ではなかったため、スポーツ関連の小売スペシャリストとして職業訓練期間を終えました。しかしその後、どう進むべきかすっかり分からなくなりました。自分が学んだ職業が実は好きではなかったのです。2007年、職業訓練期間の最中に、父がKurt Schär氏から会社を引き継ぎ、私は全く新しい職業の世界の見識を得ました。

 

今後の仕事のキャリアについて考えるため、職業訓練期間の後7ヶ月ほどオーストラリアに行き、英語を学びました。また、この長く遠い旅で自立心が強くなり、自分の行動にもっと自覚をもつようになりました。まだオーストラリアに向かう旅の途上で、戻ったら父の会社でインターンシップのようなものをしようと決めました。すべての部署の理解を深めるにつれ、オフイスワークにどんどん熱中していきました。

 

半年後、家族と相談して会社に入ることにしました。しかしオフイスの業務を学ばせてもらえるようになるまで、約2年間生産現場で働かなければなりませんでした。すべての機械に配属されたので、広範囲にわたり当社を知ることになりました。

 

ロールモデルとしての父

それ以来、いつかは父の後を継ぐことになるのは明らかだったので、それに向けてmarketing and sales manager、そして経営のエキスパートとしてのその後の実習を堅実に進めてきました。父は昔も今も変わらず私のロールモデルです。父の目標は常に非常に野心的でした。何かをやり遂げ、それを自他共に証明すると同時に、面目を失わずにサポートを受け入れる父の意思の力に、幼い頃から感化されてきました。

 

父から会社に入るよう促されたことはなく、最後に入社の決断をしたのも私からでした。しかし、不可能を可能にする父の胆力には、長年刺激を受けてきました。3年前に当社が全く新しい生産工場を開設したことも、父が当社の将来とグラフィックアーツ業界を信じている明確な証拠です。

 

機械オペレータの目線で

2015年にそのときがやってきました。私のすぐ後に入社した弟のYannickよりも先に、私は経営陣の一員になりました。Yannickはproduction managerで、私は営業、マーケティング、そして経営の責任者です。現在私が力を注いでいるのは、顧客獲得と顧客維持。2年の「インターンシップ」で当社の機械については隅々まで把握し、多くの生産ノウハウも身につけていたため、非常に特殊な顧客の要望についても機械オペレータと同じ目線で話し合うことができます。当社は多くの特殊製品を製作しているため、このことはとりわけ重要です。

 

経営陣が姉弟で構成されることには、多くの利点があります。最大の利点は明らかに労働の分担です。Yannickと私は別々の分野を担当しています。しかし私たちは難しい決定を一人で行う必要はなく、私たちを支えてくれる信頼できる人がいつも背後に控えています。姉弟である私たちには自然と十分な信頼関係の土台ができていて、いつでもすぐに共通項が見つかります。

 

素早い意思決定プロセスが大きな利点

プリントフィニッシング会社として、顧客の要望に急に対応しなければならないことが多いため、素早い意思決定プロセスは当然大きな利点です。まじめで順応性の高い従業員(私の父を含めて!)がいることも同じように重要です。なんといっても、このような短期間での決定が可能になるのも彼らのおかげです。

 

父について:父はChairman of the Board of Directorsとして、その職務で非常に大きく重要な役割を果たし続けています。確かに事業運営からは引退しましたが、私たちのしたいようにさせてくれ、父からの信頼を感じます。ただ父には長年の幅広い経験があるので―念頭にあるのは、例えば、価格設定といった重要な問題ですが―、今でもあらゆる状況で私たちにたくさんの有益な助言やサポートをしてくれています。そのため、大量の注文が入ったときには、父は自ら袖をまくり上げて機械を動かすのもいといません。我が社は円満に世代交代したすばらしい例だと思います。

 

弟とともに、父はいまだ投資において専門的に優位です。それでも、新しい機械の購入を最終的に決めるのは、いつも私たち3人で行います。これはMuller Martiniの新型「プリメーラPRO」中綴じ機の場合もそうで、この秋、世界初のグラフィックアーツ業界の会社の一社として投資しました。新型「プリメーラPRO」に加えて、他にも3台のMuller Martiniの中綴じ機が稼働しています。ユニバーサルマシン工場は当社の最大の特長の一つ。このおかげでコアコンピタンスとして特殊な要望にも対応できると、業界で有名になることができました。

 

広告代理店が驚くとき

私の掲げた目標は、顧客の今のインセンティブを維持し、さらに新たに創出することです。例えば、プリントフィニッシングでは、多様性に富んだ大規模なマシン工場を設計しました。有益な助言は私にとって大事です。そこにこそ、私の長所を発揮できます。つまり人との意見交換やネットワークの構築です。例えば、顧客のために魅力的なサンプルボックスを練り上げてきました。これを披露する相手は主に印刷所ですが、段々と広告代理店も増えてきました。何ができるか、特に機械でどのような加工ができるかが分かると、皆さんよく驚かれます。緊急となれば、当社は1部だけでも製品を手作業で製造するのですから。

 

従業員であろうとお客様であろうと、人との意見交換は非常にわくわくするものです。とくに現在のような厳しい時代には、アイデアを交換したり―残念ながら今は電話でしかできないことが多くても―、新たな知り合いができたりするのは刺激的です。この数年間、プライベートな生活と同様にビジネスでも、よく維持された大きなネットワークがいかに重要か、そして価値をもつかを学んできました。

 

この夏に息子が誕生してから仕事量を半分に減らしたため、段取りを一層よくしなければならなくなりました。優秀な代理のおかげで、これもとてもうまくいっています。現代の通信手段があれば、いつでも連絡を受けることができます。

 

従業員は我が社の資産

従業員についての経営理念に関する限り、私には明確なモットーがあります―能力と熱意のある従業員は我が社の資産!―だということです。むろん、厳しい要求もしますが、当社では、上下関係が少なく平等な雰囲気を育んでいます。社員同士がファーストネームで呼び合う間柄で、誰でも会社に貢献することができ、またそうあるべきです。私の父と同じく、不可能を可能にするという熱意をもって、従業員は当社の成功に多大な貢献をし、この業界に若く現代的で新鮮な風を吹き込んでくれます。さらに、年間を通した様々なイベントで構成される社内の大会で、健全な企業文化を醸成しています。

 

イノベーションは会社の発展を支える推進力であるため、スタッフの研修と継続教育が非常に重要だとも考えています。このように、将来の市場の需要に応えるため、絶えず改善を行います。市場の相場で一流の品質を提供することで、すなわち、見積から最終製品まで四つ目の原則で、当社の長期的な存在感と仕事を確保します。さらに、全員が常にあることを意識していなければなりません。我々の活動の中心にいるのは常にお客様だ、ということです。お客様がいなければ何も意味がありませんから。

 

女性たちよ、自分の力を信じよう!

特にこの業界は男性の牙城と考えられていて、経営職に就いている女性がほとんどいないことは残念に思います。とはいえ、私自身は女性だからという理由で違う扱いを受けたと感じたことは一度もありません。ただし、女性である私は、営業チームに多少は共感や感情をもたらしていると思います。創造力は感情によるところが大きく、つまりは、当社の魅力的な製品にとって重要だということです。私は単に数字に固執するのではなく、創意工夫したものを作り出したいと思っています。

 

でも多くの女性たちは、自信がないように思います。男性中心の環境であまりに認められていないと感じているのです。私はその逆を証明してみせます。そこで私が言いたいのは、女性たちよ、自分の力を信じよう!ということです。健全な自信をもち、自己鍛錬に励めば、女性の経営者でも認めてもらえ、真摯に対応してもらえます。最近は、当業界での女性の比率も増えてきています。しかしさらに多くの女性―たとえパートタイムでも―が経営業務を担うことを願っています。ただし、それには多くの企業が旧来の構造を見直し、もっと現代的になっていく必要があるでしょう。

 

コロナ関連の新規受注もある

残念ながら、コロナの大流行は当社の業務にも悪影響を及ぼしてきました。今年3月のロックダウン以降、世界中の多くのグラフィックアーツ会社と同様に、当社も売上の喪失に苦労してきました。春夏には注文が激減。多くの注文は無駄になったか、生産さえされませんでした。8月以降、受注状況はやや安定してきました。受注量は増えてきていますが、まだこれまでの年の水準を下回っています。ただし、コロナ関連の新規受注も受けるようになっています。

 

組織的な点では、特に人事部では、余分な業務も一定量あります。例えば、様々な保護対策を定め、マスク着用で勤務、そして創業以来初めて操業短縮の申請をせざるを得なくなりました。私自身、陽性の方がいたイベントに参加したため、隔離状態で10日間過ごさなければなりませんでした。

 

現時点でコロナ危機が中長期的に、個別には当社、また一般的にはグラフィックアーツ業界に対してどのような影響を及ぼすかを話すことは難しいでしょう。もちろん、今でも前向きですし、会社と生産を続けていき、仕事を確保するためにできることは何でもやります。長い目で見れば、注文が減る理由はないと考えています。そのため顧客と連絡を取り、注文を獲得することが今は一際大事です。また、前述した新型の中綴じ機などの投資も、今は将来を見据えて市場での地位を強固にするのに役立ちます。コロナ危機に関係なく、当業界が縮小していくのは明らかです。でも、きっと消滅することはないでしょう。

 

顧客は感覚的なもので注目を集めたいと思っている

結局のところ、グラフィックアーツ業界は非常に汎用性があり、現代のデジタル世界に完全に融合することが可能です。デジタル化は当業界によい影響をもつと確信しています。ここで念頭にあるのは、拡張現実やQRコードなどの電子的メディアと印刷物との組み合わせですが、パーソナライズ化した郵便物のデザインに使用できる多くのフィニッシングのオプションもあります。お客様の多くは感覚的なもので注目を集めたいと思っています。特にコロナの期間中、人々は家でこうした製品を見る時間が増えています。この件に関して社内の人々とたくさんの情報を交換し、郵便受けに届く広告に対しどのような反応を示すのか尋ねています。

 

私自身はパーソナライズ化された印刷物が好きです。あらゆる種類のパーソナライズ化された郵便物です。クリエイティブで変わった印刷マーケティングは何度でも楽しめます。本や雑誌は、―クロスワードパズルをタブレットでどうやって解けるでしょう?―私は印刷されたものしか読みません。新聞やニュースは、電子デバイスの方が好きです。

 

用途の広い印刷物には将来がある

印刷物は将来においても非常に重要な役割を担い続けると確信しています。手書きのカードでも、個人の署名が入った招待状でも、あるいはファッションの最新トレンドを伝えるパーソナライズ化した郵便物でもです。印刷物は用途が広く印象的です。しかし、現代的な要素も含んでいなければなりません―ここでもキーワードは感覚的です。

 

ただし、そのためにはグラフィックアーツ業界が融通無碍で、現代のデジタル化世界にうまく融合できなければなりません。今のフィニッシングの選択肢と、多くの若い職人たちの工夫に富んだ独創的なアイデアをもってすれば、グラフィック製品は今後も多くの良い印象を生み出し続けるでしょう。当社のモットー「将来を予測する最善の方法はそれをデザインすること」その通りに。

 

敬具

Marina Bucher

Schär Druckverarbeitung AG社Managing Director、Wikon(スイス)